音楽業界の権利関係|音楽著作権総合研究所

音楽著作権

近年の音楽著作権

                    

「アーティスト自己管理と著作権フリー」の時代

 
 筆者がアーティスト支援を目標にして事務所を立ち上げた頃、自身と同じ実演家の権利、あるいは作詞・作曲家、イラストレーター、画家、デザイナーなどの権利を保全することを前提に考えていました。
 実際、過去の繋がりをスタートラインとして、各々のホームページやオールアバウトなどを通して、様々なアーティスト、クリエイターの方から、自身の作品を護るための相談を受けてきました。これをここでは「アーティスト自己管理」の問題とします。

 しかし、近年においては「ある時期」を区切りにその状況が一変しつつあります。筆者の事務所にお越しになるアーティストは、これまで同様に独自のオリジナル作品を多くひっさげて来られるわけですが、「作品の発表の仕方」や「作品の保全の感覚」がこれまでとは違ってきたのです(これはなにも、一部の人がそうだというわけではなく、全体的にその傾向になってきました)。

 一言でいえば「著作権フリー」という感覚です。彼らの主張はこうです「別に自身の作品をどのように使いまわしてくれても構わないけど、何かの手段においては、対価を得て利益を獲得したいんです」。
 別の言い方をすれば「著作権、著作権と騒ぎ立ててもしかたないけど、商品価値のある物に関しては、もちろん対価を頂いて食べていきたい」という感覚です。

 さきに「ある時期」ということを述べましたが、筆者の感覚で解釈させて頂きますと、この時期とは「YouTube」あるいは「ニコニコ動画」が一般化した時期、あるいは「初音ミク」をはじめとするVocaloidがネットを中心に普及した時期であると考えます。
 その背景は後述するとして、「YouTube」や「ニコニコ動画」で有名になったアーティスト(以下、ニュータイプと呼ぶ)というのは、これまでの王道なアーティストとは考え方が根本的に違います。
 これまでの王道なアーティスト(以下、コンベンショナルタイプと呼ぶ)は自身の作品に対して、基本的には絶対性と排他性を重視します。自身の作品は自身が100%利用、あるいは自身が認めた者や方法のみが利用するものだという考えです。正直、事務所設立時の筆者もアーティストはそうして食べていくべきと考えていました。

 これに対して、ニュータイプは自身の作品に対して相対性を認め、非排他的な考えをもっています。これがさきにいった「著作権フリー」という感覚につながるのでしょう。
 しかし、著作権フリーを野放しにしてしまうと、不都合も生じます。ニュータイプの方々も、当然アーティストですから、自身の作品で何らかの利益を得なければ、ただの道楽になってしまいます。
ここで、コンベンショナルタイプとおなじ「アーティスト自己管理」の問題が発生するのです。この問題の交錯については後述する予定です。
                    

アーティストの活動スタイルの変遷

 
 さきに述べたように、従来のアーティストは曲等の著作権を音楽出版社に譲渡してしまうような契約を交わすことがほとんどで、レコード会社や音楽出版社が原盤権を有している形がほとんどでした。またJASRACより入る著作権料の受け取りでさえ、音楽出版社が代わりになる場合も多々あります。それで、自分達のCDがどんなに売れようが、たいしたロイヤリティが入ってこないという結果になります(場合によっては一文も入ってこない方もいます)。
 そこで、ある頃から自分で原盤を作ろうというアーティストが現れます。原盤権はマスター制作に要した経費を支出した者がその割合に応じて取得するのが普通ですから、アーティスト自身がすべて原盤を制作すれば、原盤権を自身に留保できると考える訳です。これは時代背景としてPCを使って個人でも気軽に宅録などでマスターが作れるようになったという事があります。
 ただし、これにはレコード会社等が持ち込みの原盤を受け入れ、さらに原盤権に関しての印税などの契約をキッチリしてくれるかなどの細かい問題があるのですが、ここでは仮にその問題をクリアしたとしましょう。
 原盤権を無事、留保できたとして、次に考えるのは著作権料です。ここでも、音楽出版社に任せず、アーティストが個人でJASRACをはじめとした著作権管理団体と契約することができます。しかしこのやり方ですと契約上すべての楽曲が JASRACの管理下になってしまいます。JASRACでは個人の契約の場合、楽曲単位や権利単位の管理委託を受け付けていないのです。
 これらは、権利に関する問題ですが、実はアーティストにとってこれら以前の最大の問題があります。アーティストがいくら自身にすべての権利を留保したとしても、その音源から制作したCDをうまく販売する方法がないのです。つまりマーケティングの問題が発生します。音楽出版社の場合、新聞、放送局などプロモーション力が有る各メディアの関連会社や広告代理店が経営している、あるいはそれらと提携しているものですが、アーティストではこれらに準ずる販売手段がなかったのです。
 インディーズならインディーズの、メジャーならメジャーの流通網が存在します。ここで軽く触れておくと、そもそもインディーズやメジャーという呼び方の違いですが、メジャーとは日本レコード協会に加盟している会社等で共有している流通網を指します。逆にこれらの日本レコード協会に加盟していない会社等の流通網がインディーズです。
 つまり、レコード会社等に所属していないアーティストのほとんどはこれらの流通網とは無縁でした。ところが、これらの問題も時代の流れとともに、変化しつつあります。
 それがインターネット普及による恩恵です。インターネットのメリットは膨大な情報収集が可能になるという点だけでなく、個人個人がすべて情報発信の主体になれるという点にあります。先に書いたような新聞、放送局といった情報発信はあくまで、一部の会社のみがなしえましたが、インターネットは参加者すべてが平等です。そして、音楽など自身の作品を公開するということは、当然に情報発信するということですから、時代の移り変わりとともに、個人のアーティストが新聞、放送局に並ぶプロモーションを成し得る可能性を得たことになります。
 さらに新聞、放送局といった情報発信が単方向なものであるのに対し、インターネットは双方向なものなので、原盤を制作するという過程を共有するプレマーケティング的なアプローチも可能になりますし、アーティストと共有したリスナーが作品を評価する、リスナー同士における共有など、幅広い展開が可能になります。従来のアーティストよりも有利なリスナーの声を取り入れるというマーケティング活動も可能になるのです。
 事実、近年ではニコニコ動画によって育ったアーティストが個人でCD販売、数千万円を売上げる事例が出てきておりますし、初音ミクなどを皮切りに非営利目的利用における自由度の高い楽曲利用といった新しい権利管理とプロモーションがはじまっています。
 このような背景から養われた感覚がニュータイプの考える「著作権フリー」の感覚で、これらはインターネットを通してさらに伝播していき、楽曲のリスナーが同時にその楽曲を用いたアーティストとなる新しい価値観を形成していっています。
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